モダンとレトロが同居する、こだわりの空間
鉄骨造5階建て、ターコイズ色のガラスの外観に一際目が惹かれる行燈旅館。従来の旅館のイメージを一新するデザインは、建築家の入江正之氏によって手がけられたのですが、ユニークなのは外観だけではありません。行燈旅館は、外国人旅行客に対して、手頃な料金で、快適な宿泊施設を提供したいと考えた、女将の石井敏子さんが2003年に創業。インテリアはモダンでコンパクト。それは、石井さんの明確なコンセプトを反映したもので、伝統的な和のスタイルを基調とした、考え抜かれたデザインの要素が随所に見られます。例えば、全客室は畳敷きで、ゲストは布団で眠ることができます。そして、柔らかな照明は、まさに日本の昔の民家にいるような心地よさを感じさせます。また、受付やラウンジには選び抜かれた和のアイテムが配され、ゲストが気軽に上がってお茶を愉しめる「こあがり」も用意されています。さらに、女将が大事に集めてきた骨董品の数々が、宿のいたるところに飾られています。
下町風情あふれる三ノ輪
行燈旅館のある台東区三ノ輪は、東京東部のいわゆる下町に位置し(東京湾の北と隅田川の東)、江戸の面影を色濃く残す庶民的なエリアとして知られています。昔ながらの商家や個人商店などが、いまなお多く残っています。渋谷や銀座といった「華やかな」エリアよりも、ゆっくりと時が流れているように感じるので、私は下町に足を運ぶのがとても好きです。
このエリアの面白さは、よくある観光ルートのようなものではなく、東京の知られざる表情が発見できる点にあります。トリップアドバイザーなどにも載っていない、地元民に愛されるおいしい飲食店や居酒屋も多いのです。それに、そういう店は地元の人に尋ねたりして、探さなければならず、ちょっとした冒険心も必要です。幸運にも、女将の石井さんは下町育ちで、誰よりもこの界隈を知り尽くしています――地元のことや日本文化のことなら何でも訊ける、すばらしい情報源です。
焼き鳥店でのディナー、そして銭湯体験
地元の人のお勧めで、私たちは「興」という名の小さな炭火焼き鳥店で夕食をとりました。気さくな店員さんのアドバイスもあり、店のオススメを注文したところ、僕が日本で食べた焼き鳥のなかで、一番と言えるくらいの体験を楽しむことができました。
夕食後は銭湯へ――。もちろん行燈旅館にもシャワー設備はありますが(ジャグジー風呂もあります!)、本当のローカルな日本を知りたいなら、一度は銭湯を訪れてみるべきです。入浴にはルールや作法があり、とくにタトゥーのある人は入浴を断られる場合もあるので、前もってGoogleで検索しておくことをおすすめします。
翌朝の散策
翌朝、私たちは古い商店街を探しに繰り出しました。途中、「青木屋」という昔ながらのパン屋に立ち寄り、名物のカツサンドを買いました。近くの公園でカツサンドを頬ばりながら、私たちは、ここ数年で東京(そして日本全体)がどんなふうに変わったか、この先どんなふうに変わっていくのか語り合いました。悲しいことに、日本では少子高齢化が進んでいます。これはとくに地方では深刻な問題となっており、多くの農村が過疎化に苦しんでいます。そして東京の下町にもこの波が押し寄せてきています。多くの住民が、退職者か退職を間近に控えた高齢者であり、地域経済を支える若者が足りず、閉店する店や空き家が増えているのです。私たちが見つけた古い商店街も例外ではありません。いまでも散策するには楽しい場所ですが、ここもかつて1980年後期の日本のバブル経済の全盛期には、どんなに活気にあふれていたことだろうと思うと、一抹の寂しさを感じずにはいれません。
結び
東京の活気と喧騒を体験したい人には、渋谷や新宿などの都心部の宿がよいでしょう。しかし、東京のあまり知られていないエリアでローカルな雰囲気を体験してみたい人には、三ノ輪の行燈旅館がおすすめです。女将の石井さんをはじめとした、スタッフはどんな相談にも気さくに応じてくれますし、通常の設備やアメニティに加え、Wi-Fiやレンタル自転車といったサービスもあり、すべて驚くほど低料金です。宿自慢のジャグジーもお忘れなく(貸切可能)。東京の下町とスカイツリーが一望できる屋上テラスからの眺めも格別です。
PHOTOGRAPHER
Nik van der Giesen
1981年、オランダ・ロッテルダム生まれ。
アムステルダムでデザイナーとして活動した後、日本に移住。現在、東京と金沢を行き来しながら、フォトグラファーとして活躍。深く鋭い眼差しと、衒いのない静謐なスタイルで日常の美を切り取る。日本の文化と美学が、インスピレーションの源泉である。